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【便利】会社員の年末調整、ネットで完結へ…書類電子化|お金の総合まとめ

1 :5円まとめ 2017/11/21(火) 10:13:51 CAP_USER9
http://yomiuri.co.jp/economy/20171121-OYT1T50019.html

 政府・与党は、会社員が住宅ローン減税などを受けるための「年末調整」を、インターネットだけで行えるようにする。

 手続きに必要な書類を電子化し、企業や会社員の負担を軽減する。12月半ばに決める2018年度税制改正大綱に盛り込み、20年末からの導入を目指す。

 会社員の所得税は、勤務先の企業が、毎月の給料や賞与から天引きする「源泉徴収」の形で納税手続きが行われる。年末に所得税額の過不足が生じると、勤務先が社員に代わって納税額を正確に精算する「年末調整」を行い、払いすぎた税金があれば戻ってくる。

 年末調整で会社員が自ら行う手続きの典型は、生命保険料の支払額を所得から控除できる「生命保険料控除」と住宅ローンの借入残高に応じて所得税を減らす「住宅ローン減税」だ。

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【社会】オックスフォード大学が認定 あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」|お金の総合まとめ

1 :5円まとめ 2017/11/20(月) 13:57:02 CAP_USER

たとえばバーテンダーの仕事。これがコンピューターに代わられる確率は77%―。そんな大胆予測を披露した論文が全世界で話題だ。論文の執筆者が本誌に語った、凄まじすぎる「雇用の未来」。

「コンピューターの技術革新がすさまじい勢いで進む中で、これまで人間にしかできないと思われていた仕事がロボットなどの機械に代わられようとしています。

たとえば、『Google Car』に代表されるような無人で走る自動運転車は、これから世界中に行き渡ります。そうなれば、タクシーやトラックの運転手は仕事を失うのです。

これはほんの一例で、機械によって代わられる人間の仕事は非常に多岐にわたります。私は、米国労働省のデータに基づいて、702の職種が今後どれだけコンピューター技術によって自動化されるかを分析しました。

その結果、今後10‾20年程度で、米国の総雇用者の約47%の仕事が自動化されるリスクが高いという結論に至ったのです」

人間が行う仕事の約半分が機械に奪われる―そんな衝撃的な予測をするのは、英オックスフォード大学でAI(人工知能)などの研究を行うマイケル・A・オズボーン准教授である。

そのオズボーン氏が、同大学のカール・ベネディクト・フライ研究員とともに著した『雇用の未来―コンピューター化によって仕事は失われるのか』という論文が、いま世界中で話題となっている。

同論文の凄味は、702の職種すべてについて、コンピューターに取って代わられる確率を仔細に試算したことにある。

言うなれば、これから「消える職業」「なくなる仕事」を示したに等しく、これが産業界に衝撃を与えているわけだ。

右に載せたのは、そうした「消える、なくなる」可能性の高い主な仕事である。いずれもコンピューターに代わられる確率は90%以上という驚くべき数字が弾きだされている。

オズボーン氏が言う。

「各仕事に必要なスキルはどのようなもので、そのスキルを機械がどれだけ自動化できるのかを、テクノロジーの発展のトレンドを考慮して詳細に調べ上げました。

具体的には、コンピューター化の障壁となりうる9つの仕事特性を抽出して―たとえば、手先の器用さ、芸術的な能力、交渉力、説得力など―、702の職種を評価したのです。

これまでロボットはルーチン的な作業しかできないとされてきましたが、ここ10年間におけるロボットの能力向上は目覚ましいものがあります。

ロボットが完全に人間の知性を手に入れるにはあと少なくとも50年はかかると言われていますが、その過程で、多くの仕事が機械の脅威にさらされることがわかってきました」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40925
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疲弊するハイスペック女子たち…高学歴・高収入・美人ゆえの「生きにくさ」|お金の総合まとめ

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【経済】円安頼みの成長に限界、労働力の安売りで消費低迷も|お金の総合まとめ

1 :5円まとめ 2017/11/16(木) 17:38:08 CAP_USER
経済協力開発機構(OECD)の事務次長を7月まで務めていた玉木林太郎元財務官は、円安による原材料コストの上昇が国内賃金の伸びを妨げ、ひいては消費低迷につながりかねないとし、金融緩和と円安頼みの日本の経済政策運営に警鐘を鳴らす。

玉木氏は9日のインタビューで、巨額の経常黒字を抱える日本が通貨安による輸出増だけで成長することはできないと指摘。円安による輸入インフレ下で企業が輸出競争力を維持しようとすれば賃金の抑制という形でしわ寄せが来るとし、「極端に言えば海外への労働力の安売り」になると語った。長く続ければ円安が「消費者の購買力を輸入インフレという形で奪う」ことになり、国内消費にマイナスに働く恐れがあると言う。

賃金・消費の伸び悩みを背景に、政府・日本銀行が合意した2%の物価目標の達成は見通せず、異次元緩和は長期化している。円相場は最近1年間で主要10通貨の全てに対して下落。総務省が発表する家計調査では全世帯の消費支出が9月までの12カ月間で2回しか前年同月比でプラスとなっておらず、個人消費は盛り上がりを欠いたままだ。

玉木氏は黒田東彦日銀総裁による金融緩和の意義を認める一方、世の中で「2%インフレは達成できず、低金利が永遠に続くというマインドセットが定着している」とみる。もし、この前提条件が崩れたら、金利上昇の思惑で広範囲に混乱をもたらしかねず危険だと指摘した。かつての日本企業にとっての障害であった高い法人税率や過度の円高などは解消しており、「何から何まで黒田総裁におんぶにだっこというのは、ちょっと甘ちゃん」と語った。

玉木氏は金融危機の兆しとなったパリバショック直前の2007年7月に国際局長に就任し、翌年9月のリーマンショックに対処。09年からは財務官として金融危機の後処理と東日本大震災や超円高への対応に追われた。11年からOECDの事務次長を6年間務め、先月1日付で加藤隆俊元財務官の後を継ぐ形で、国際金融情報センターの理事長に就任した。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-11-15/OZG25O6K50YU01
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【地域】通勤時間は片道1時間45分。それでも私が逗子に移住した理由|お金の総合まとめ

1 :5円まとめ 2017/11/11(土) 21:18:53 CAP_USER
通うくらいなら近くに住みたい

「葉山で暮らしたい」

そんな願望を抱き始めたのは、25、6歳の時だった。きっかけは、友だちとの小旅行。葉山にある「音羽ノ森ホテル」に足を踏み入れた時、自分の中の何かがピピッと反応してしまったのだ。ラウンジの窓の外には海が広がり、テラスには青色のパラソルがきれいに並んでいる。そんな景色を眺めながら、雰囲気よくしつらえられた洋館の中で飲むビールが格別だった。

すっかり葉山に魅せられた私は、それ以降、連休や夏の休暇を使って音羽の森ホテルにしばしば足を運ぶことになる。そのうち「まとまった休みができた時しか来られないなんてもったいない。通うくらいなら近くに住みたい」という思いがムクムク芽生え始めた。

まだ独身だった20代の頃、勢いに任せて、葉山に一人暮らし用の部屋を探したこともある。しかし、なかなかいい賃貸物件に巡り会えず、その時は諦めざるを得なかった。

東京で家を持つのは難しい

再び葉山への移住を考えるようになったのは、結婚した後のこと。30歳で結婚した当初から、夫とは「自分たちの資産に残るものが欲しい」と意見が一致していた。家を買うという一大プロジェクトに、いよいよ本気で取り組み始めたのが31歳の時。

当時、私たちは世田谷区尾山台に住んでいた。都心からほど良い距離の閑静な住宅街。二子玉川や自由が丘に近く、遊ぶ場所にも困らない。結婚後に1度引っ越した時も、再び尾山台のマンションを選ぶほどお気に入りの街だった。しかし、家を建てるとなると話は別。売り出し中の一軒家の広告を見るたびに、「高すぎてとても手が出せないな……」と感じていた。

東京で家を持つのは厳しい。いい土地に巡り会うことは稀だし、なにしろお金がかかる。夫とは、埼玉や千葉や神奈川など郊外のエリアを色々見てみようと話をしたけれど、本当のことをいうと、その頃から私の頭の中は「葉山」一択だったのだ。

2人で初めてデートした場所も葉山だったし、結婚式も音羽ノ森ホテルで挙げたから、夫も私の「移住願望」には薄々気がついていたようだった。

約1カ月のスピード契約

私たちが家を建てた土地は、逗子と鎌倉の中間地点、山に近い高台にある。条件やコストを検討して、葉山からもう少し範囲を広げて逗子や鎌倉を見てみようと、地元の不動産屋に相談し、見学初日に一目ぼれして決めた。実際に土地を決めるまでは、1カ月もかからなかったから、我ながらすごい決断力だと思う。

逗子に住むことを決めたとき、「近くに知り合いがいない場所に住むなんて不安じゃない?」とよく聞かれた。でも、今振り返ってみても、不安は「なかった」と言い切れる。なにしろ、ずっと憧れていたエリアに家を持てるのだ。期待が膨らむばかりで、不安を感じている暇などなかった。

会社に逗子出身者が2人いたことも、背中を押してくれた。逗子で生まれ育ち、今も逗子に住んでいる女性の先輩と、実家が逗子にあるという新入社員の男の子。家を建てることを話すと、2人とも「逗子は雰囲気がのんびりしていて、住みやすい場所だよ」とお墨付きをくれた。何より2人のことが好きだったから、「こういう人たちが育つ場所なら間違いない」という確信を持てたのだ。

逗子ではグチをこぼす気にならない

逗子に移住して約1年。

大人になると、それぞれ生活スタイルが変わり、友だちと会う機会も減っていく。逗子で暮らし始めると、ますます交流の機会が減るかもしれないと思い、それは少し寂しい気がしていた。けれども、予想をいい意味で裏切って、なぜか逗子に移住してからの方が、人と会う機会が増えている。

鎌倉や葉山などのエリアを散策したり、逗子でサップ(スタンドアップパドルサーフィン)の体験をしたり。観光がてら、遊びに来たいと言ってくれる人が多いのだ。学生時代の友だちや会社の仲間が休日に遊びに来てくれて、わが家でホームパーティーを開くこともある。

仕事後に飲みに行くと、ついグチばかりになってしまう人も、逗子ではそういう気分にならないらしい。海を見ながらカレーを食べて、ちょっと寒いけど外でビールを飲んで、ボーッとする。ただそれだけなのに、皆がリラックスして、すっかりほどけた表情で笑い合えるのは、土地の魔法というべきかもしれない。
https://wotopi.jp/archives/64138